Nick Drake
Pink Moon (1972)
イギリスのフォーク・シンガー、ニック・ドレイクは、生前は高い評価を得ながらも商業的成功に恵まれず、3枚のアルバムだけを遺して、この世を去った。
どういうわけか90年代に再評価され、わたしもその頃ようやく彼のことを知った。若いアーティストたちにも彼の音楽をリスペクトする者は多い。
この曲は彼の3rdアルバム『ピンク・ムーン』のタイトル曲だ。
1stと2ndはアコギの力強いプレイを中心にストリングスやパーカッションも入ったロマンチックで美しいアルバムなのだけども、この最後の『ピンク・ムーン』では彼の声とギター、そして彼が弾くピアノがすこしだけ入っている以外にはなにもない。
このアルバムにはアレンジをつけてほしくない、というのが彼の意向だったのだ。
他人とのコミュニケーションが極度に苦手だった彼は、その頃には口もきけないほどの鬱病に悩まされ、アルバム制作後、すぐに精神科に入院するほどだった。
この曲の弱々しく掠れた歌声には、小さなローソクの灯が風に揺れているような危うさと儚さ、神経が剥き出しになったようなヒリヒリした痛々しさを感じる。
心の闇を隠すこともせずに、そのまま吐露しているかのようだ。
唯一中間のピアノのフレーズだけが、暗闇の荒野にかろうじて浮かんだ月のように仄かに光る。
しかしこの3枚目のアルバムもやはり売れなかった。
彼はシンガーの道をあきらめざるを得ないと思ったのか、レコーディング・スタジオで働いてみたり、コンピューター・プログラマーの勉強をしたそうだが、それらもうまくいかなかった。
そして『ピンク・ムーン』の発表から2年後の1974年11月25日、彼が自宅のベッドで冷たくなっているのを母親が発見した。
いつも服用していた抗鬱剤の誤用とされ、自殺ではないかとも言われているが、真偽はわからないままだ。
21歳でデビューし、たったの26歳で彼は世を去った。
生涯孤独だった彼は、ブライアンやジャニス、ジミたちが待つ《27クラブ》に入ることすらも叶わなかった。
(Goro)