想像を超えてきた未知の怪物 〜マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『ラヴレス』 (1991)【最強ロック名盤500】#32

ラヴレス

⭐️⭐️⭐️⭐️

【最強ロック名盤500】#32
My Bloody Valentine
“Loveless” (1991)

当時、もしも日本のアマチュア・バンド・コンテンストやオーディションにこんなバンドが出てきたらどうなっていたか。

「声が小っちゃい!」
「腹から声出せ!」
「ギターの音が大きすぎる!」
「まじめにやれ!」
などと審査員席から怒声が飛び交っただろう。
合格などするはずがない。

そんなバンドをレコード・デビューさせ、さらには倒産寸前になるまで巨額の制作費を注ぎ込み、2作目の本作を完成させたのは、当時最も勢いのあったインディペンデント・レーベル、クリエイションである。

なにしろ、1st『イズント・エニシング』の制作費が120万円ほどだったのに対し、本作は2年半の歳月をかけ、19ヶ所のスタジオを使い、5千万円近くも費やしたというのだからもの凄い。きっとバンドの中心人物であるケヴィン・シールズは、世事に疎い典型的な芸術家気質なのだろうと思う。経済原則のことなどまるで考えず、自身のこだわりと理想を追い求めたのに違いない。

制作中は、いったいなにが出来上がるのか、誰も見当がつかなかっただろう。

どの部分を聴いても、これが売れる音楽、制作費を回収できる商品になるとは誰も思えなかったに違いない。口出しされるのを嫌って、バンドはレーベルの関係者はもちろん、クリエイションの社長、アラン・マッギーですらスタジオに一切立ち入らせなかったという。

そして完成したのは、誰も聴いたことのないような、想像の遥か上を行く、未知の怪物のようなアルバムだった。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの2ndアルバム『ラヴレス』は、1991年11月にリリースされた。当時は『愛なき世界』という邦題が付いていた。

【オリジナルCD収録曲】

1 オンリー・シャロー
2 ルーマー
3 タッチト
4 トゥ・ヒア・ノウズ・ホエン
5 ホエン・ユー・スリープ
6 アイ・オンリー・セッド
7 カム・イン・アローン
8 サムタイムズ
9 ブローウン・ア・ウィッシュ
10 ホワット・ユー・ウォント
11 スーン

ジーザス&メリー・チェインが扉を開いたフィードバック・ノイズの奔流の世界、マイブラはそれを音楽的にコントロールする術を模索し、世にも聴きにくいが、しかし異様に美しい世界を創造した。

楽曲はすべてがひとつながりの豊穣な海のようだ。

曲間は曖昧に溶けてしまい、鳴り渡る轟音は、エフェクトのかけすぎでもはやギターだかなんだかもわからない。海を揺らすクジラのせつない鳴き声が響き、夢見心地のエクスタシーの波がやってくる。ときどき深海から、弱々しいが幸福そうな歌声がかすかに聴こえてくる。

わたしは初めて聴いたとき茫然とした。
どこまでも音量を上げてみたい気分になった。
部屋の空気が波立って、視界がぼやけていくようだった。

My Bloody Valentine「Loveless (1991)」を全曲紹介レビュー! : ありの洋楽部屋My Bloody Valentine

ジャケットがまた良い。この豊穣な音響の美しさと、今にも自然発火して燃え尽きてしまいそうな危うさ、儚さを伝えている。

ただ同時に、ジーザス&メリー・チェインの衝撃以来の、フィードバック・ノイズの轟音に包まれたロックはもうここに極まったとわたしは感じていた。このアルバム以降はもう、とくにそういう類のものを追いかけることを自然にしなくなっていった。

↓ シングル・カットされた「オンリー・シャロウ」。米オルタナチャート27位まで上昇した。

my bloody valentine – only shallow (official video)

↓ アルバム中で、わたしが一番好きな曲「ホエン・ユー・スリープ」。この曲を聴くといつも、わたしはなんだか全身に温かいエネルギーがじんわり湧いてくるような、ポジティヴな気分になれたものだった。

when you sleep

(Goro)

コメント

  1. アイアイ♪ より:

    当時、クラブチッタ川崎でのライブに行きました。どんだけの轟音なのか?とワクワクしながら開演を迎え、イイねえ!と思ったハズですが、内容についてはあまり記憶がありません。案外聴きやすい演奏で、ノイズも音量も然程ではないような?と感じながら終演し、外に出てから話した友人の声が聞き取りにくいコトで、初めてその音のデカさを知ったのでした〜(^^)

  2. Goro より:

    きっと、音がデカすぎて耳がバカになってしまったんでしょうね(笑)

    わたしはクラブ・クアトロのダイナソーJrのライヴの翌日、結構な耳鳴りが止まらなくて、鼓膜が破れたんじゃないかと不安になって耳鼻科の病院へ行きました(笑)

    なんともなかったんですけど、数日は耳鳴りが続いてましたねえ。