ブルース・スプリングスティーン/ネブラスカ (1982)

ネブラスカ(REMASTER)

【80年代ロックの名曲】
Bruce Springsteen
Nebraska (1982)

「明日なき暴走」や「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」のような派手めな代表曲ももちろん彼らしい名曲に違いないが、それとはまた別の、スプリングスティーンはロックという表現の最深部まで到達するような、人間の深い闇の部分を見つめる鋭い視線も持ち合わせている。彼が単なるロッカー以上のカリスマであるのは、その「深さ」によるものだろうとわたしは思う。

16歳のとき、わたしが初めて聴いたスプリングスティーンのアルバムが、『ネブラスカ』だった。わたしはこの、スプリングスティーンが宅録で制作したアルバムの底知れぬ暗さや、異様な世界観に衝撃を受けた。

当時は、これはほんとに正規のレコードなんだろうか、ちゃんとした売り物なんだろうか?と思ったほど、エンターティメント性ゼロの、謎の自主製作盤みたいに思えたものだった。

その後で『明日なき暴走』や『ザ・リバー』『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』などを聴いて、それぞれもちろん好きになったものの、しかしそれらもわたしには『ネブラスカ』をつくったアーティストの世を忍ぶ仮の姿、商業用エンターテイナー的一面であって、そもそも彼は『ネブラスカ』の人なのだ、という認識がどうしても抜けない。

このアルバムは、アメリカの田舎町の閉塞感や諦念、社会の底辺で生き、挫折し、破滅していった人々のことを歌っている。

この曲はそのアルバムのタイトル曲だ。

バトンを回しながら
彼女は庭の芝生に立っていた
おれは彼女とドライヴに出かけ
10人の関係のない人間を殺した

ネブラスカのリンカーンの町から
ワイオミングの不毛地帯まで
41口径の先を切り詰めたショットガンを持ち
行く手に現れるすべての者を殺した
(written by Bruce Springsteen)

この歌詞は実際に起こった事件を基に書かれている。実話だ。

スプリングスティーンは、この凄惨な事件に対して怒りを表したり、悲しんだりする第三者的な立場でなく、殺人者の側からの視点で歌っている。そのせいで批判も浴びた。

なぜそうしたのかはわからないけれども、しかしそうでなければこの歌の意義も、胸に突き刺さるようなリアリティも半減する気はする。

道路を歩いている蟻の列を知らずに踏みつぶしてしまうのと同じように、神罰でも必然でもなく、この世にはなんの意味も無い悲劇が日々起こっているのである。

やつらは俺が生きるに値しないと言い
俺の魂は地獄に投げ込まれると言った
やつらはなぜ俺がこんなことをしたのか知りたがった
この世には、理由なんてない、ただの卑劣な行為というものもあるのさ
(written by Bruce Springsteen)

アルバムには、こんなリアルで文学的な歌詞を持つ曲がいくつも収録されている。

ロックで歌詞を極めたといえば、ノーベル文学賞まで受賞したボブ・ディランが筆頭に挙げられるだろうけれども、単純に好みの問題で言えば、わたしはスプリングスティーンの書く歌詞のほうが好きだ。

わたしは、これまでも何度か書いているけれども、地方都市や田舎町の閉塞感の中で、漠然とした不安や諦念の中で生きていく名もなき人々、そして危うい均衡をついに崩して破滅していく人々のことを描いた映画や文学に異常に魅かれてしまう傾向がある。なぜか共感が止まらないのだ。その最初のきっかけがこのアルバムだったのかもしれない。

(Goro)