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Bob Marley & The Wailers
“Catch a Fire” (1973)
まさに「衝撃的」という意外に言葉が見つからない音楽だった。
わたしがボブ・マーリーを初めて聴いたのは、16歳の頃だった。
まだローリング・ストーンズもパンクも聴いていない頃だ。
わたしは地元に1軒だけあった当時最新の業態、「貸しレコード店」でボブ・マーリーのアルバムを何枚か借りた。前にも書いたことがあるけれども、わたしは好きなアルバムなら、それをどこで買ったか、あるいはレンタルしたかということをいちいち覚えていたものだ。ただし、なんでそれを聴こうとしたのかは全然憶えていない。
ボブ・マーリーのレコードはわたしがそれまで熱心に聴いていた、FMラジオのヒットチャート番組から流れてくるような洋楽ポップスなどとはまったく違うものだった。
空気を揺るがし、みぞおちにグリグリと突き刺さる暴力的なベースが支配する、あまりに不穏で心をザワつかせる、凶暴なサウンドにわたしは衝撃を受けた。唖然とするほどだった。レコードをダビングしたテープはその後何年も繰り返し聴き、CD時代になってアルバムをすべて買い集めた。
本作は1973年4月にリリースされ、世界に衝撃を与えた、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのメジャー・デビュー・アルバム『キャッチ・ア・ファイア』だ。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 コンクリート・ジャングル
2 スレイヴ・ドライヴァー
3 400イヤーズ
4 ストップ・ザット・トレイン
5 ロック・イット・ベイビー
SIDE B
1 スター・イット・アップ
2 キンキー・レゲエ
3 ノー・モア・トラブル
4 ミッドナイト・レイヴァース
A3とA4がピーター・トッシュの作で、他はすべてボブ・マーリーの作だ。A1「コンクリート・ジャングル」やA2「スレイヴ・ドライヴァー」のような、黒人の貧困や政治的不公正を糾弾し、反抗を呼びかける不穏でアグレッシヴな曲が続く中で、ラヴソングのB1「スター・イット・アップ」やA5「ロック・イット・ベイビー」では柔らかな表情も見せる。
わたしはそれまでボブ・マーリーを、世界中でリスペクトされている正義のカリスマかと思っていたのに、このジャケットではぶっといガンジャをくわえ、絶対に道ですれ違いたくない種類の男がメンチを切っている。なんだか、アニメのタイガーマスクが最初はどえらい悪役だった事実を知ったような衝撃だった。
わたしが初めて「レゲエ」という音楽を知ったのももちろんこのボブ・マーリーだったが、この異様で不思議な音楽はわたしを魅力した。
ジャマイカというカリブ海に浮かぶ島国で生まれたとはいえ、民族音楽というほど素朴でもなく、洗練されている。メロディーはソウル・ミュージックのような美しさや親しみやすさがあるし、バンドの技術も高く、サウンドはロックよりもアグレッシヴだ。
そんなザ・ウェイラーズのアグレッシヴなサウンドの要はベースのアストン・”ファミリー・マン”・バレットと、その弟でドラムのカールトン・バレットの兄弟だ。彼らによってリズム・セクションの革新的なスタイルが創造され、レゲエが発明されたといっても過言ではない。
ちなみにドラマーのカールトンは、1987年にキングストンの自宅の前で射殺された。36歳だった。犯人は、妻と不倫関係の男が共謀して雇った男だったという。
ベーシストで兄のアストンは、今年2024年2月にマイアミで脳卒中による心不全で死去した。77歳だった。ちなみに彼の”ファミリー・マン”の愛称は、さまざまな女性との間に52人もの子供を産ませたことから来ているという。
↓ アルバムの冒頭を飾る「コンクリート・ジャングル」。「わたしが生きるのは太陽の光も射さない、暗闇の日々。本当の生き方を見つけなければならない」と差別や貧困が支配する都市で生きていく苦難を歌う。
↓ シングル・カットされたラヴ・ソング「スター・イット・アップ」。この曲のような優しい歌の一面もまたボブ・マーリーの魅力だ。
(Goro)