Billy Joel
Uptown Girl (1983)
1983年8月に発表されたビリー・ジョエルの9枚目のアルバム『イノセント・マン(An Innocent Man)』からのシングルで、全米3位、イギリスでも初めてのチャート1位を獲得した、大ヒット曲だ。
アルバムは、50~60年代のポップス黄金時代を思わせる明快さと、メロディが溢れ出して止まらないような、キャッチーな名曲がズラリと並んでいて楽しめる。
この曲はその中でも圧倒的な、最初から最後まで全部がサビみたいな、楽しめない瞬間が少しもない、凄い名曲だ。
「おれは下町の貧乏人、彼女はお金持ちのお嬢様、でもおれはあの娘を必ず射止めて見せる! だって彼女はおれみたいな情熱的な男を探してるはずだから!」と、まあ現実にはほとんど望みのないような、逆シンデレラを夢見る男の歌だ。
しかしこのPVに出てくる金持ちお嬢様とビリー・ジョエルの、哀しいほどの見た目の落差は、まさにこの歌詞にぴったりだな。
ここからはただの余談だ。
この曲を聴くと、以前勤めていた会社の同僚をわたしは思い出す。
兵庫県出身の元高校球児で、当時で30歳ぐらいだった。見た目は強面だけど内気であまり喋らず、酒も飲めないやつだった。
普段は無口だったが、喋り出すといかにも関西人らしいユーモアもあったし、礼儀正しく、優しい男だった。
しかし一度だけ、彼が豹変するのを見た。
舞鶴自動車道を彼が運転し、わたしは助手席に乗っていたのだが、PAから出発したばかりで彼がシートベルトを締め忘れていたため、PAの出口付近で待機していた覆面パトカーに待ってましたとばかりに停められたのである。
すると彼は運転席から降りると明らかに逆ギレし、人が変わったように警官を怒鳴りつけ、逆に「隠れて見張るなんてやり方が卑怯だ」などと警官に説教を始めたのだ。警官2人は彼の激しい剣幕に圧倒され、たじろいでいたものだ。もちろん、最終的に違反切符は切られたが。
だいぶ年下だったけれども、わたしは彼が好きだった。そんな彼の歌声を、一度だけ聴いたことがあった。
ある年の会社の忘年会で、2次会のカラオケに彼も連れて行き、なんか歌ってよと促した。彼はあまり音楽には興味がなさそうで、そんな話をしたこともなかったけれども、わたしはいつも彼の車にたった一枚だけ、アニメ『北斗の拳』のサウンドトラックCDが置いてあるのを知っていた。なのできっとその主題歌でも歌うのかと思いきや、なぜかこの「アップタウン・ガール」を野太い声で全力で歌い始めたのである。わたしはその意外な一面に、思わず爆笑したものだった。
そんな彼が、ある日突然出社しなくなった。
連絡を取ろうとしたものの、住んでいたはずのアパートは家賃を滞納して数カ月前に追い出されていて、しばらく前から別の同僚のアパートに居候していたことが明らかになった。
行ってみると、その同僚の家からも姿を消していた。敷きっぱなしの布団や、脱ぎっぱなしの衣類もそのままだった。家財道具はもともと灰皿ぐらいしか持っていなかったらしい。
散らかっていた紙くずに紛れて、会社の保険証が見つかった。そして紙くずは、借金の督促状だった。
聞くところによると、休みの日はいつも彼はパチンコに行ってたらしい。それで生活費に困って借金が増えていったのか、首が回らなくなって着の身着のままで車に乗って行方をくらましたのだろうと想像できた。
直属の上司だったわたしは、そんな切羽詰まった状況なのに一度も相談されなかったことが情けなかった。
1か月後ぐらいに、関西の実家に戻ってきたと、ご両親から会社に連絡があった。その間ずっと彼は車上生活をしていたということだった。会社はもちろん、そのまま辞めた。
あれから15年ぐらいになるかな。
あいつ、どうしてるかなぁ。
できることならあの逃走劇を、懐かしい関西弁で面白おかしく聞かせてほしいな。
(Goro)