その昔、レコード会社はできるだけ2枚組のオリジナル・アルバムなんか出したくはなかった。収録曲が多ければそれだけ制作に時間がかかるし、値段も高くなり、売れ行きが悪くなるからだ。
それでも出したということは、
① アーティストが創作意欲に溢れ、素早く大量に曲が出来上がった。
② 何を出しても売れる、人気絶頂期であった。
③ 売れて調子に乗ったアーティストが、セールスより芸術性で評価されたいたと考え、わがままを押し通した。
このうちのどれか、あるいは全部の場合の可能性がある。
しかしこれがうまくハマると、アーティストの代表作となるような、名曲が多く含まれるだけではなく、実験精神に溢れ、良い意味でゴチャついていることで逆に飽きさせない、型破りな名盤が生まれたりする。
もちろんそううまくはいかない場合もあるが。
失敗と成功は紙一重なのだ。
やりすぎ、遊びすぎ、調子に乗りすぎが高じて名作か迷作なのかわからないものが出来上がる場合もあるが、しかしなんとなく秋の夜長であれば、どちらであってもゆったりとした心で肯定的に楽しむこともできるだろう。まあ中には、秋の夜長ぐらいじゃないと聴いてられないというものもあるかもしれないが。
今回はそんな、黄金期のアーティストたちの勢いと才能が爆発した、実験精神豊かでゴチャついた魅力が溢れる2枚組アルバムの大作、10タイトルを選んでみた。
※以下はリリース順。
※発売当初LP2枚組でリリースされたが、CD時代に1枚になったものも含まれています。
『ザ・ビートルズ』(1968)
The Beatles “The Beatles”
通称「ホワイト・アルバム」と呼ばれる本作は、フォークソングからハード・ロックからカントリー・ロックから実験的な楽曲まで、その音楽性は幅広く、従来のビートルズのイメージからはみ出たような作品も含む、2枚組の大容量ならではの作品となった。
プロデューサーのジョージ・マーティンは「収録曲を絞って1枚で出した方がいい」という考えだったらしいが、最終的にはバンド側の主張を押し通して2枚組30曲93分収録でリリースすることになった。
よかった、よかった。
もし1枚に圧縮していたら、ビートルズにもうひとつ完成度の高い名盤が生まれていただけであり、本作のようなビートルズの新たな魅力を引き出した、より自由であえてゴチャついた魅力が溢れる面白い作品にはならなかっただろう。
そしてこの自由なスタイルは、その後のロック史に大きな影響を及ぼし、2枚組アルバムを作るときのお手本のひとつとして継承されていった。
『トミー』(1969)
The Who “Tommy”
本作をザ・フーの最高傑作に挙げる人もいるほど高い評価を得た、史上初の「ロック・オペラ」であり、全英2位、全米4位、500万枚を売り上げる大ヒットとなり、映画化やミュージカル化もされた、ザ・フーの作品では最も成功を収めたアルバムだ。
でも、同時に「これはわたしの好きなザ・フーではない」と思っている人も多いと思う。
わたしもその一人だ。
わたしはそもそもオペラやミュージカルといった音楽と演劇を融合させたスタイルが好きではないし、それはロック・オペラでも同じだ。本作の、個々の楽曲には良いものもあるのだけれど、物語はヘンテコで共感も理解もできないし、ザ・フー本来の、元祖パンクみたいな若者らしいカッコ良さやキレ味も失われているように思える。
しかしあえて深く考えずに、従来のロックからはみ出した、部分的に成功したり、失敗したりしているゴチャついた魅力の実験的作品として聴くと、秋の夜長であれば、24曲74分も楽しく聴けるかもしれない。
『セルフ・ポートレイト』(1970)
Bob Dylan “Self Portrait”
ディランの2枚組アルバムといえばもちろんあの大傑作『ブロンド・オン・ブロンド』の方が良いに決まってるが、しかしこの記事のコンセプトである「ゴチャついた魅力あふれる」という意味ではこちらの方が相応しい。わたしは好きなアルバムだ。
カバーやトラディショナルばかりでオリジナル曲がほとんどなく、唐突にライヴ録音が挟まれたりもする24曲73分だ。歌い方もカントリー風だったり、ディラン風だったりする。サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」のカバーでは両方の声でデュエットするという妙技も披露している。
評論家の先生方にはあまり評判が良くなかったらしいが、そんなに生真面目に聴かず、秋の夜長にスマホゲームでもしながらテキトーに聴き流していると、意外に楽しいアルバムであることに気づくのだ。
『メイン・ストリートのならず者』(1972)
The Rolling Stones “Exile on Main St.”
プロデューサーにジミー・ミラーを迎えて黄金時代に突入したストーンズの最高傑作のひとつ。
キース・リチャーズの広大な邸宅にメンバーとスタッフが泊まり込んで、ときには酔っ払ったまま、ときにはドラッグでハイになりながらという環境で制作されたという本作は、ラフでルーズそのものであり、商売っ気もなければ、芸術的な完成度にこだわるわけでもない、飾らない素のままのストーンズをあえて晒したような、荒っぽく無骨な生々しさがその魅力だ。
18曲67分、数々の名曲を楽しみながら、米国南部のルーツ・ミュージックを基調にした味わい深いカオスにも酔える、ロック史上最もクールな名盤のひとつである。
『フィジカル・グラフィティ』(1975)
Led Zeppelin “Physical Graffiti”
新録音の8曲に、過去作の制作時にお蔵入りになっていた7曲を加えて2枚組15曲85分で発売された6作目のアルバム。
ツェッペリンの他のアルバムに比べるとゴチャつきがあり、ゆるい感じがリラックスして聴ける、わたしの好きなアルバムだ。
弦楽合奏と管楽器も加えたプログレッシヴでスケールの大きな名曲”Kashmir”が特に有名だが、その逆を行くような、ツェッペリンにしてはポップで親しみやすい”Houses of the Holy”もまた、このアルバムにひと味違う魅力を加えている名曲だ。
『ザ・ウォール』(1979)
Pink Floyd “The Wall”
26曲81分という大作のロック・オペラ的なコンセプト・アルバムである。
『トミー』同様、さすがに秋の夜長でもないと聴く気がしないが、しかし楽曲はバラエティに富み、名曲も多い、充実した傑作だ。ギルモアのギターがいつもながら素晴らしい。
ピンク・フロイドにしてはポップな要素もあり、シングル・カットされた「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」は全米・全英ともに1位を獲得する大ヒットとなった。たぶん初めて聴く人はなんでこれがそんなに売れたのか信じ難いだろうが、わたしだってよくわからない。
アルバムは2,000万枚を超え、ビートルズの『ザ・ビートルズ』を抜いてロック史上最も売れた2枚組アルバムとなっている。
『サンディニスタ!』(1980)
The Clash “Sandinista!”
CDでは2枚組だが、LPで発売された当初は3枚組だった、36曲144分収録の超大作だ。
LP2枚組で発売された前作『ロンドン・コーリング』はクラッシュの代表作として名高いが、あれは一年中いつでも聴きたくなる大名盤なので、秋の夜長ぐらいはこちらを聴いてみたい。
全員がリード・ヴォーカルを取り、この記事のテーマに最も相応しいと言える、実験精神豊かな、自由でやりたい放題の、ゴチャついた魅力が溢れる痛快作だ。
1回聴いただけだとあまりのなんでもあり感に戸惑うが、聴けば聴くほど良い味が染み出してくるから不思議なものだ。
今ではもうほとんど聴き飽きてしまった『ロンドン・コーリング』よりも、わたしはこっちの方が今でも楽しめる。
『メロンコリーそして終りのない悲しみ』(1995)
The Smashing Pumpkins “Mellon Collie and the Infinite Sadness”
レコードからCD時代に移行してからは2枚組のオリジナル・スタジオアルバムというのはめったになくなっていたが、スマパンのこの3rdアルバムはCD2枚組28曲121分の大ボリュームでリリースされた。
内容はまさに重厚長大、聴くほうもかなり体力のいる、ビリー・コーガンの天才と狂気の両方が爆裂したような作品だ。本作がまさかの全米1位となった時は、時代が変わったと感じた瞬間だった。
まあこれだけの音圧の轟音ロックを、秋の夜長というしっとりした時間に聴きたいかと言われるとちょっとわからないけれども。
『ビーイング・ゼア』(1996)
Wilco – Being There
オルタナ系カントリー・ロックのアンクル・テュペロから分裂して結成されたバンド、ウィルコが独自路線を打ち出し、異形の怪物化が始まった2ndアルバム。19曲77分収録。
アコースティック・サウンドからフィードバック・ノイズのオルタナ風ロックへ、そして優しいピアノ伴奏のバラードへと、自由に行き来する独自のミクスチャー・ロックだ。
こちらはスマパンに比べればまだ風通しがよく、秋という季節にはいちばんしっくりくるサウンドと内容だ。そしてもちろん、ちゃんとゴチャついた魅力も溢れている。
『ステイディアム・アーケイディアム』(2006)
Red Hot Chili Peppers “Stadium Arcadium”
全米・全英で1位、そしてなんと日本のオリコンでも総合1位となった世界的メガヒット・アルバムだ。28曲122分の大ボリュームだが、当初は38曲も録音し、そこから厳選しての28曲だという。まさに創作意欲が絶頂に達した時期だったのだろう。
91年の大ブレイク名盤『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』のプロデュースを務めた名ブロデューサー、リック・ルービンを15年ぶりに迎え、再びレッチリにあの頃のやんちゃな活気が戻ってきたような印象の傑作である。
歌メロ重視の楽曲が多く、2枚組にしては親しみやすい印象で、わたしの大好きなジョン・フルシアンテの絶好調のギターがたっぷり聴けるのが嬉しい。
28曲も収録していて遊び心も充分なのに、ここに挙げた10枚の中では比較的ゴチャついた印象の少ない、普通に名盤として聴ける大作だ。
以上、秋の夜長に聴きたい、実験精神豊かでゴチャついた魅力溢れる【2枚組大作アルバム10選】でした。
(Goro)